この人がこんな頭がよくて、整理した物言いのできる人とは知らなかった・・・というのが第一感。
「海外移籍 もう1つの道」(サッカーライフ 第2回 カステリョンFW福田健二)
べつにこれまでアホと思ってたとかじゃ全然ないけど、どっちかといえば動物的な感覚に頼るタイプの野生的なFWかと思っていたから。いや、プレイヤーとしての福田は、まさにそういうタイプの典型的な選手なんだ、実際。たぶん。
しかしこの人間観察の鋭さと、ピンと張り詰めた自己流の哲学みたいなもの。間違いなく、本質的に賢いよ。この人は。
驚いたなあ、もう。なんか。
「懲戒要求」くらいしかできない遺族は悔しいだろうけど、かつてはそういう制度さえなかったようです。
「新潟県警、死亡事故を『物損』処理…遺族が懲戒要求」
当然の要求だね。トラックの下を覗けばそこに遺体があったのに、それをしなかったために、調書は物損事故になっているという大不祥事。しかもそれに対する新潟県警の事後処理たるや、「口頭での注意」だけだったっていうんだから。
幸か不幸か、被害者は即死だったとされている(念のため司法解剖もやり直すとかしたいところだろう、本当は。遺族からすれば)から、それが事実だとすれば、現場の警官がマトモだったとしても被害者が生きて帰ってくることはなかったというリクツになる。
しかし、即死じゃなく瀕死で気絶していたとしても、該当の無能警官が同じ失敗をしたことは99%確実だから、こういうケースに対しては厳罰主義でいってくれないと困る。本当ならセカンドチャンスを残してやることさえ分不相応なほどの大スキャンダルだよ、これは。
被害者遺族の気持ちは察するよりほかないけど、これはキツいと思う。
「ひき逃げ:飲酒事故、同席者も責任 『運転制止は義務』賠償命令--東京地裁判決」
目上だろうがなんだろうが、って話だけど、仮にこの賠償責任を負わされた同僚が身を挺して飲酒運転を止めて、いろいろの兼ね合いで失職して路頭に迷ったとして、その生活の保証は誰がしてくれるの?
いろんな兼ね合いの中で人間の実社会はできていて、飲酒運転をしない責任は結局のところ、運転者本人が取るよりほかはなく、賠償責任もまた同断、なのじゃないかと僕は思う。
この判決は、覆るべきだと僕は思う。
驚いたね。韓国では未だにマスコミの報道の権利が保証されていない。
「『大統領を食べ物に例えた』…大統領府、本紙の取材拒否」
「【7月29日】大統領側近を激怒させたもの」
戦え、朝鮮日報。非文明人たちの支配する大統領府をぶっ潰せ。(真顔
この方針を決めた大統領府の人間たちには謹んで「未開人」の称号を進呈しよう。
ついでにこれも。(謎
「【サッカー】判定に不満爆発! 北の女はコワかった」
ものすごい写真だ。
この「ネーポン」に関する記述は憶えてないけど(その作品を読んでないのかも)、中島らもは好きです。
「中島らもを魅了した幻の『ネーポン』が存在しているらしい」
やっと生産場所を見つけ出したものの、年内で生産打ち切りと判明したんだとか。飲んでみたい人、今のうちだよ。
僕は気力体力が足りないので諦めます。(弱
もうやめればいいのに。
「宮崎駿監督、米アカデミー賞選考会員を辞退 創作に専念」
僕の一目二目おく人で、最近の彼の作品を評価してる人は少数派です。その中でわりと評価が分かれる作品が「もののけ姫」で、僕は全然ダメと思ってるけど「あの作品まではいいんじゃない?」という人もいる、という感じ。
それ以降はすべて駄作・・・それも、懸命に作った結果としての残念な失敗作ってわけじゃなく、むしろ手ひどい自己満足の結果としての救いがたい駄作ってことで意見が一致する人が多いから、そこから考えると・・・もうダメになってからずいぶんになるじゃないか、この人。(汗
もう一度原点に戻るつもりならいいけど、言動を聞いてるとすっかり自我が肥大して、「偉いひと」になりおおせちゃってる観があるから無駄だろう。
もうやめた方がいいよ、創作なんて。奇跡的名作のナウシカ(原作贔屓の人が多いのは知ってるけど、個人的には映画版を推す)がピークだったよ。最後の名品は「紅の豚」かな?
充分すぎるほど働いて、名作もたくさん残した。でももう、ダメだ。どんどんどんどん悪い方向に向かってる。アカデミー会員にならない、っていうんで「さすが」とかいって素朴に喜んでる人も少なからずいるけど、なんだか胸が痛くなる。
もう彼の内実は、そういう純粋な境地からはすっかり遠くなってしまっているように僕には見えてしまうから。
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昨日の治療で、体調はほんのちょっと上向いたか、というところ。とはいえ今日は治療翌日だし、まだわからない。というよりかなり怠い。
わりと調子よく過ごせる週であっても治療翌日はだいぶ怠いのが常だから、本当に明暗が分かれるのはどっちにせよ明日以降です。
それよりも多少よかったと思うのは、ほかのところではもう書いたけど、治療所に行ったところ・・・以下コピー&ペースト・・・『1人、物言いのはっきりしたバイトの人もちょうど英作文プログラムをテストプレイの最中(その人はその日が初めてのテストプレイだったらしい)で、Wさんも含め3人でいろいろ意見交換できたこともよかった。
生きた言葉を話せる人と面と向かってちゃんとコミュニケーションできたときっていうのは、今の僕でも少しは元気になるようです。』ってことだった。
体調が悪いってことに関しても、そういう頭のよい準・第三者がいる環境で率直に話ができたってこともまたよかったし。
なんとなく、不安や不信が芽生えるんだよね、どこまでも一対一の関係のまま、好転が見られない日々が続くと。そこに馬鹿や盲信者のたぐいでない冷静な第三者の視点が加わると、それだけでもずいぶん落ち着く。
そして、英作文プログラムそのものについても、上述の通りいろいろの示唆と多少の希望を見出して、いくらか元気になって帰ってくることができたわけでした。
ただ、今日は怠かったし、少しだけ歌を練習してみたらたちまち疲れて仮眠に追い込まれたりもして、70分ちょっとしか労働できなかったりもした。
だからどっちにしても、何につけても明日以降、ということになるわけです。
平山は、ここで挙げられてる発言が事実なら相当甘い。プロのサッカー選手とは思えないくらい。でも、オランダという国は僕の聞く限り、語学に関しては世界でいちばん酷な国だという評判もある。
「平山オランダ語覚えろ!…語学サボり首脳陣に怒られた」
サッカー選手は、一般にとてもこういう問題に対してはビビッドでシビアな感覚を持っているし、対策もきちっとして海外に出て行くケースが多い。
中田の語学力は評判だったけど、彼ほどじゃないにせよ、みんな相当に努力はしているよ。
ラグビーのO畑がオーストラリアだったかに挑戦したとき、僕はそれをちょっとした壮挙だと思いつつテレビでニュースを見てたけど、彼が語学の準備をいっさいしないまま出発したことや、向こうに行って試合で散々ちぐはぐした後になって「言葉が通じないから云々」と述べているのを見て失笑し、当時いちじるしく幻滅した。
ああいう愚かさはサッカー選手の海外挑戦には滅多に見られないし、この平山だってべつにそういうレベルで困っているわけではないだろう。
ただ、オランダという国は、国民の平均的語学力という点では実に世界に冠たる国だと僕は聞いている。
侵略されては支配され、その支配言語に適応し、やがて独立し、しかしまた違う国に侵略されて支配され・・・を何度も何度も繰り返す中で、ほとんど国民性のようになっている卓抜した語学感覚。しかも、彼ら自身にはわからないことだろうけど、日本人から見ればほとんど方言に毛の生えた程度のヨーロッパ近親言語(言い過ぎかな?でも、そういう傾向があるのは確か)をもって、彼らの多くは当たり前のように「数ヶ国語を自在に操」っている。そして、自分たちが近隣国家に移住するときなどは、たちまち出先の言語を身につけて溶け込んでしまう。さらに困ったことには、そういう自分たちのバックグラウンドを基準にして、オランダ在住の他国人を見ようとする、らしい。
あくまでも聞いた話だから確証はないし、オランダ人の間でも個人差が大きいのは当然としても。
オランダに転勤したとあるサラリーマンの逸話などは典型的で、彼は渡蘭1年目は近所の人たちにとても優しくされ、言葉に躓いても「この人は越してきたばかりだからね」という具合に、とても気づかわれて安楽に過ごしていた。
ところが2年目になると待遇はガラリと変わり、「そろそろ、言葉も使えるようになってなきゃマズいんじゃないか?」というようなことを親しい友人(オランダ人)にさえ真顔で忠告され、時にはたしなめられるようになって、その要求の高さに愕然とした、という。
ただでさえ極端なくらいにシャイであるらしい平山が、そういう環境の中で居場所を探して苦しんだり、そのプレッシャーの反動で日本にいる間はオランダ語を聞きたくもなかったりしたとしても、僕にはその感覚は、それなりには想像がつくような気もする。
以下の記事は、僕が7月25日の夜に書き上げて、しかしいくら正論でも、これは少し3流メディアの従事者たちに対して酷に過ぎるのじゃないか、彼らは自分の思ったままではなく多少なりとも世論を煽る方向に論旨を飛躍させざるを得ないんだし、とかなんとか思って公開しなかったもの。
今日、とある記事を読んで、やはり遠慮する意味はなかったとつくづく思い、ブログに載せてしてしまうことにした。
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「今後、サッカー好きは夕刊フジを読むな!」
夕刊フジが日刊ゲ○ダイや女性○○・○○女性のたぐいと並ぶ馬鹿メディアだってことはよく知っているつもりだったけど、いくらなんでも度が過ぎる。
「オシム重圧アリアリ…参謀なし語録なしビジョンなし」
夕刊フジ編集委員・久保武司さんとやらの記名記事だけど、よく恥ずかしくないものだ。何が腹が立つといって、この人は間違いなく、サッカーのサの字も知らずにこの記事を書いている。なぜなら、サッカーの監督がどういうもので、どういうところで実力を推し量ることができ、それをもって安心したり不安視したりしうるものか、まったく理解していないからだ。
僕がこう書く理由についてはリンク先の馬鹿記事を読んでもらえばわかる人も多いだろうし、いちいち細をうがって書くほどの張り合いもないから書かないことにするけど。
だいたい、根拠のない煽り記事に反論を書こうとするほど、ある意味では厄介なことはない。根拠の体をなしていない根拠は論点になりえないからだ。
オシムがジーコと同じ?その理由たるや、評判のオシム語録がないからだって??
相当に脳の萎縮が進んでるね、その論旨。もう手遅れだろうけど念のため病院に行ったほうがいいよ、奇跡的に間に合うかもしれないから。
前々から、僕は夕刊フジや日刊ゲ○ダイを読むくらいなら何も読まない方が人間として上出来、と思う程度にはああいう三文メディアが嫌いだけど、また一段とその思いを強めたね。
サッカーがわからなくてもいい。でも、わからないなら、わからないことについて知ったような口を利くな、久保武司さんとやら。少しは恥を知って名を惜しめ。あるいは、せめて馬鹿を晒すのは無記名記事だけにしろ。
記名記事というものは本来、自らの書いた記事に責任を取る、逃げ隠れはしない、ということを趣旨としている。だから僕も遠慮なく、文責者である久保武司さんを名指しで批判することにした。
根拠のない誹謗中傷を浴びせかけられてる気の毒なオシム監督と違って、アナタにはちゃんと根拠があってよかったね。(笑)
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最後に、この記事をブログに掲載する直接の理由となった、冒頭で触れた「とある記事」を載せて終わる。
「恐怖のオシム劇場…指示も方針も『出ない~!!』」
久保武司さん、またあんたか。(苦
『注目の初戦は8月9日。オシム監督の本当の実力を見極めるのは、そこからでも決して遅くはない。』なら、早々とギンバエみたいにうるさく唸りまわってオシムの目障りになるのも少しは謹んで、率先して静観したらどうだ。
トルシエの通訳を務めた天才肌のダバディと、老耄ジーコの相方の鈴木さんとかいう方とを同列に論じて、『両氏は通訳以上の影武者という役割が大。』なんて言語明瞭・意味不明瞭のひとくくりを開陳するほどの馬鹿なのに(←ああ言っちゃった)、なぜ人間論なんていう最も難しい批評の分野に、乏しい判断材料だけ引っさげて乗り込んでくるんだ?
なるたけ穏当な表現を選んで言うけど、「場違い」だよ、この久保さんは。オシム批判をしてもいいけど、いくらなんでも論旨の程度が低すぎる。3流メディアなら何を書いてもいいとでも思っているのか?
夕刊フジも、もしせめて2流メディアにまでレベルアップしたいと願うなら、こういう手合いの処分から取り掛かった方がいいと僕は思う。そして、いま夕刊フジを読んでいるすべてのサッカーファンに対しては、改めて声を大にして言いたいね。
「今後、サッカー好きは夕刊フジを読むな!」