ゴルフってスポーツには興味のカケラもないんだけど、選手たちの人間性の面白さや勝負師としての深み、っていった部分にはとうぜん興味は持ってます。
その意味で、失礼ながら個人的にはあまり関心のなかった女子ゴルフ選手たちの中に、最近になって出てきた2人の新人にはけっこう好感を持ってます。
宮里藍と、横峯さくら。
特に特筆すべきは、やっぱり宮里。
デビューイヤーに賞金総額一億円をクリアした怪物ぶりも、ゴルフ音痴の僕としてはそれだけじゃピンと来ないのですが、彼女の面魂や、プレーと語る言葉との統一感、っていったものを加味して考えてみたとき、そこにすごい将来性を感じてしまうのです。
いかにも骨太で精悍なルックスと、ルックスそのままのハキハキしたしゃべり方は、あれは伊達じゃないですね。
ギリギリの勝負の場になっても、あの人はあのイメージを決して裏切らずに勝負に挑んでいける人だと思う。
本物の勝負師になるだろうし、将来は国際的なトッププレーヤーになっても少しもおかしくないと見ました。
今現在のインパクトでは宮里には及ばないものの、やっぱり捨てたもんじゃない、と最近見直していたのが横峯さくら。
昨日、ぐうぜん育ての親にしてキャディーをも務める父親と一緒にテレビに出ていたのを見たけど、精神的にはまったくといっていいほど父親依存の影はなかった。
ちゃんと自立して、宮里のことも先行したライバルとしてアグレッシブに意識して、今に見てろよと本気で闘争心を燃やしてることが、笑顔の絶えないインタビューの中にもよくわかった。
この人は多分、宮里のような生まれながらの怪物性を持った人じゃない。
でも幸いにして、同世代にライバルと言い切れるほどの怪物的プレーヤーを持つことができた。
この人は、決して宮里の陰に甘んじる人じゃない。きっと伸びてくる。
そう直感しましたね。
向こう10年ばかり、この2人の国際的な(まずは日本だろうけど、そこにとどまってるうちはあまり興味がない)活躍には大いに期待してよさそうです。
この予言は、信じてくれていいです。(キッパリ
だって、そんじょそこらのゴルフ屋さんの批評じゃない。
ゴルフ音痴の僕が彼女たちの人間性を見ていってるんだから、そうそう間違いっこないのです。(?
あの2人は、紛れもない本物。
宮里藍は99%保障付きだし、横峯さくらも8割方は大丈夫。
見上げるほど大きなアスリートになって、日本人を楽しませてくれることになりそうです。
今日の新聞より、「血液型番組:『性格決めつけ』視聴者から抗議相次ぐ」。
最近流行の血液型による性格差を扱うTV番組が、いじめの原因になるなどして問題化している、という内容です。
血液型による性格差なんてものは、統計上はほんのわずかな根拠しかないのに、テレビ番組が決め付けるものだから。と。
これは一見、もっともな意見のようにも見えます。
でも血液型を扱う番組は、僕も何度か見かけてるけど、笑って見てる分にはけっこう面白いことが多いんですよね。
ほんのちょっとの科学的要素も、心地よいスパイスになって効いてるし。
個人的には、血液型による性格差というのは経験上、統計上のデータよりも多少ははっきりと実在しているものなんじゃないかと思っています。
それを多少膨らませて、エンターテイメントにして騒ごう、っていうのは大して悪い趣向じゃないと思う。
確かに最近のテレビは、たまに悪乗りが過ぎると思うこともあるけど、この問題の本質はそもそもテレビの側にはないんじゃないかと。
むしろ、それをバカ正直に真に受けて、ちっぽけなレッテルを鵜呑みにして、いじめに走ってしまう子供たちをはじめ視聴者側の問題じゃないのか。
そしてもちろん、そういう卑小な精神を子供たちに身に付けさせてしまった親たちの問題、という面の方が大きいんじゃないかと。
そう思いました。
血液型による性格差の扱いは、いくら大げさといったって、「B型は気まぐれで飽きっぽい」とか「AB型は二面性があって、ときに二重人格のよう」って程度のものです。
それは、血液型って部分を抜きにして考えれば、個人個人に当然あるはずの個性の範囲、じゃないのか。
しかも、むしろ魅力的な個性です。僕にいわせれば。
平々凡々たるA型ど真ん中そのまんま、なんて性格の悲惨なまでの没個性ぶりに比べれば、いかにそうした性格がピカソやカフカや手塚治虫のような天才性の香りに満ちていることか。
まあ、彼らの血液型を僕は知ってるわけじゃありませんけど。
僕はB型で、B型を誇っています。
同時に、B型の属性とされている「気まぐれ」「飽きっぽい」といった要素をも誇っているし、それらを敬遠する人たちを、腹の中じゃバカにして、相手にもしてません。
人間の面白さがわからないやつらめ、ってことでね。
B型に限らず、AB型やO型の個性も、当然のように僕は「面白さ」だと思っている。
そのへんの人間観に少しでもゆとりがあるのなら、「B型はこれこれ」「AB型は~」と聞いていじめに走る、なんてバカなことは起きるはずもないわけです。
問題は血液型うんぬんじゃなく、もっと根本にある。
本当に問題なのは、「気まぐれ」「飽きっぽい」「落ち着きがない」「八方美人」「二重人格」などなどといった性格を、悪として疎外しようとする価値観そのもの、じゃないでしょうか。
そして、そんな価値観が子供にまでも当然のように広がっているという事実。
または、今回の件を安易に「血液型=性格」論に帰してしまって、額に青筋立てて怒ってる「被害児童の保護者」たちだって、「うちの子はB型だが、人より飽きっぽいなんてことはない、だからいじめられるいわれはない」なんて正気で考えているのだとすれば、実に下らない。
苦笑ひとつして笑い飛ばすだけの余裕と、内心のプライドや反骨心、さえあれば、そんなことが大きな問題になるはずはないのです。
そんな番組、笑って見られない方がどうかしてる。
もちろん、そうやって笑って見ていながらも、現実として被害者になってしまっていて、それで困惑している子供や保護者だっているだろうとは思います。
ただ彼らは、困惑しつつも今回の騒動の主導者にはなっていないだろうと僕は思う。
批判されるべきは、いじめに走る低劣な子供たちとその保護者たちであって、テレビ番組じゃないとわかっているから。
番組がきっかけになったからといって、恨みつらみをぜんぶテレビ局に持ち込もうなんてのはお門違いってものでしょう。
問題の本質はぜんぜん別のところにあって、しかも僕の見るところ、はるかに根深い。
そこに目をつぶって、万事テレビ番組のせいにして、義憤に駆られてる一部視聴者の姿が、ひどく滑稽に見えるのです。
今から4年前の、ほぼこの時間。
僕の愛犬「フラッグ」がこの世を去りました。
短足でガニ股で頭でっかちの、ちょっとバランスのおかしな、でもれっきとした純血種のアメリカン・ビーグル。
不思議なくらい愛嬌のある犬だった。
特に晩年、病気が多くなるに従って僕との間も打ち解けて、とにかく表情豊かな、スヌーピーの実写版みたいな犬になっていた。
薄れつつある記憶に従うなら、11月22日の日中に、彼は完全な下半身不随に陥った。
その数日前から排便がなくなっていたから、後から思えばあれはたまった便による神経の圧迫だったかもしれない。
これはひそかな後悔の種で、僕が敏感に察して浣腸器を買ってくるなりしていれば彼はまだ生きられたんじゃないかという。
でも、当時の僕は愚かにも、そういう可能性には思い至らずに、より身近で看病しようと玄関にスペースを確保して彼を運び込んだだけだった。
しかも、そのたかだか10メートルの搬送が彼にはかなり骨だったらしくて、様子は明らかに悪くなった。
ただそれでも、僕は彼が急に死ぬというような気はしなくて、ひょっとしたら下半身不随のまま、意外にあと何年も腐れ縁のように生き続けるのではないかという気がしていた。
「いかにも病人って感じになっちゃった」と母に言ったのを憶えている。
そうして、深夜3時10分ごろ。
僕は当時愛飲していたウィスキーのオンザロック片手に居間の共有パソの前に座り、ネット上をウロウロしていた。
突然、玄関から聞き慣れた、でもいつもよりも切迫した甲高い悲鳴が断続的に響いた。
そしてそれと同時に、ただならぬ息遣い。
僕は早足に、でも比較的落ち着いて駆けつけたように思う。
そして、彼が胃の中のものを少し吐きながら、横たわって苦しんでいるのを目の当たりにした。
慌ててかがみこみ、頬をなでたりしたものの、現実感はあまりなかった。
恥ずべきことだけど、酔っ払っていたから、だと思う。
これは「死」だ、という認識が芽生えなかった。
ただ、まさか、と思い、「冗談じゃないよフラッグ」、とだけつぶやいた。
激しい息遣いはたちまち乱れて弱まり、僕の犬は息を引き取った。
唇がひとしきり、呼吸の名残のようにして何度も何度も震えていた。
もう心臓は止まっているのに。
それを見て、もう1度生命を呼び戻したくて、強く身体をこすったりしたような気がしないでもない。
でももう、どうしようもないことだった。
ぼんやりとした頭のまま、これからどうしようかと考えながら、「よく生きた。よく生きたよ。お前には何の不満もないよ。よく生きてくれたよ。・・・」とつぶやいてみたら涙が滲んだ。
尻尾のあたりを見ると、硬い便が少量洩れていた。
死体をどうするかはまだ決めていなかったけど、便を見られることは死んだ犬が嫌がりそうな気がしたので、吐瀉物と共にスコップですくって、たしか庭に埋めた。
家族にもそのことについては何も言わなかった。
それから、物置からダンボールの箱を取ってきて(玄関での寝床代わりだった箱をそのまま流用したような気もする)、犬の身体を抱きかかえて箱の底に静かに横たえた。
フタをして、その上に鉄アレイで重石をし、青いマジックインキで「3時過ぎ、容態急変。死去」というようなことを家族のために書いた。
それからパソの前に戻って、当時の行きつけの持病に関する掲示板に犬の死について書き込んだりしてから寝た。
寝る前に、ずっと何も書いていなかった日記用ノートに長々とフラッグへのメッセージみたいなものを書いた。
書いていて涙がこぼれた。
僕は彼の生きている間じゅう、ずっと持病やら何やらで苦痛の中にいて、でもいつかここから抜け出すんだと念じていて、そして抜け出した後の僕の時間を、彼にも共有してほしいと願っていた。
だから僕が人間らしい余裕を取り戻す前に、彼の死という断絶のときを迎えてしまったことが悲しく、悔しくてしょうがなかった。
それでも、彼は年齢的にはもうおかしくはない歳になっていたから、諦めと、それに何より、感謝の気持ちも大きかった。
常に明るくて、「生きる」ということを決して疑わない、誰よりも僕に身近だった犬に恥ずかしくないような生き方をしていきたい、と強く思った。
そして、彼は果たして、僕と一緒に生きて幸せだっただろうか、と考え続けた。
翌日。
たしか昼過ぎに、母と相談して埋葬場所を決め、僕は彼のダンボールの棺を玄関から庭先に運び出した。
蓋を開けると、死体はまだきれいだった。
それでも毛並みが少しだけ黒ずんで陰気に見えたのは、空一面が白く曇っていたからかもしれない。
母が庭の黄色い花を摘んできて、死体の上に添えた。
それが妙に似合った。
「眠っているようだよ」、と母は言い、涙声になって目頭を押さえた。
彼が晩年、毎年夏になると、暑さに弱いので避難していた木の下の近くに、スコップで大きな穴を掘ってあった。
そこに彼の棺を運んで、棺ごと埋めた。
その上にコンクリートの板を置き、さらに埋めた。
余った土を盛っていくと、小山のように盛り上がった。
その後はもう、やれることもなかった。
いい墓ができた、と思うことで僕は少しだけ落ち着いた。
1月もしないうちに、ダンボールの棺が陥没したらしく、小山は崩れて平らになってしまったけど。
そしてそれが、僕がフラッグのためにした最後の作業になった。
あれからちょうど4年。
長いようで短いようで、肝心の僕はといえば、未だにあのときと同じ苦痛の中をフラフラしている。
せいいっぱい前向きに生きているつもりだけど、果たして彼は認めてくれるだろうか。
思い出すと、少しセンチメンタルになってしまう。
今も庭には、彼が生前暮らしていた6畳サイズの囲いと、その中の茶色い家とがそのままに残っている。
ときどき、今は開け放たれたままの囲いの中で、ノラ猫の子猫たちのじゃれ合う姿が見られる。